七夕記念日 ― 2006年07月07日 20:49
今日は七夕!
子どもの頃、実家のあたりは夜の光が今より圧倒的に少なく、自宅の玄関を出ると目の前に天の川が見えた。
実家の北側は川幅100メートルくらいの川で、その向こうは低層の食品工場。このため視界が開けており、薄く白い川が天頂から地平線(盆地なので山の稜線)にむかって「流れている」のがモワ〜ッと見えた。
あれは銀河の辺境の星から見た、銀河の中心の断面だった、と今にして思う。宇宙全体を除けば、自分が肉眼で見た、もっとも大きなものかも。。。
中心が膨らんだ円盤のような銀河系の図をよく見るが、空の天の川を見ながら「円盤の上はどっちだろう?」って首を傾げてみると、宇宙的な規模の空間が突然認識できる気がする。
今では、実家の川向こうに大きなパチンコ店ができ、天の川は見えなくなった。(視力が落ちたせいもある。)
自分より圧倒的に巨大な自然物をいつでも手軽に見れる星空ってのは、とてもすごい!! 畏怖の念、畏敬の念を感じる機会ってないものね。
何百万年も毎晩「それ」を見てきた人類が、ここ数十年見れなくなってしまったことで、大きな変化が意識や文化に訪れてもおかしくない。(いい変化であれ、悪い変化であれ。。。)
七夕の夜にそんなことを思いました。
歌舞伎一幕見 ― 2006年06月27日 09:18
24日土曜日の午後。
自宅で読んでいた本に中学生の課外学習での歌舞伎観劇の話が載っていて、ふと歌舞伎が見たくなる。10数年前に「猿之助の宙吊り」見たさに夏の暑い盛りに行ったのが最後。
小学生の子ども2名を連れて「夜の銀座」へ。一幕見というのは、夜の部の歌舞伎座だと通常2、3のお芝居がセットになっているけど、その1つだけを見る格安チケット。5000円くらいからの公演が一幕見だと800円。でも、その分、天井に頭が着きそうなくらいの席だし、花道は客席の角度の関係でほとんど見えない。そのうえ真夏は熱気が上にたまって蒸し暑い。
30分前にいくとチケット売り場には、外国人観光客と老齢の歌舞伎愛好家たち(こういう人たちは贔屓の役者が出ると「なんとか屋!」って声をかける。)が20名ほど並んでいる。
演目は「二人夕霧」。傾城(花魁)の夕霧にいれあげて身を持ち崩し、勘当された商家の若旦那が主人公。子ども向けの内容ではないが、どうせわからないだろうと子どもを列に並ばせ、食事の買い出し。
近くの「矢場とん」でトンカツ弁当を作ってもらう。矢場とんは名古屋名物ミソカツの東京支店。揚げたてのカツの香りは歌舞伎の客席に充満するかもしれない。でも、食べながら見るのは日本の大衆芸能の伝統。気楽に見れるのも一幕見席のいいところ。
お芝居は歌舞伎特有のご都合主義にあふれている。 解説のイヤホンガイドを借りなかったので、謡の部分が聞きとれず、話はところどころ不明。
終盤、前のガールフレンドと今の奥さんを「両手に花」状態で、小判の雨が降る中、踊る若旦那を見ていると、お気楽気分が伝染してくる。こういうのもたまにはいい。小さい頃、地元のお祭りに一度だけ大衆演劇の小屋が建った。とても稚拙な国定忠次だったけど、裸電球の照明で見た異空間が記憶に鮮明だ。
子どもたちが大きくなった時に、こうした雰囲気はまだ残っているのだろうか? 世の中は愛国的な雰囲気が広がってきているけど、「日本」の文化は一部の好事家だけのものになっていくんだろうなあ。。。
ワールドカップ ― 2006年06月13日 11:15
昨日のワールドカップ、日本戦。 仕事の区切りがつかず、ちょうど試合が始まった頃に事務所を出た。
事務所の前の目黒通りはクルマが少ない。人通りもほとんど,ない。終電後の深夜の感じ。さすがワールドカップと思いつつ駅に向かう。ホームにも人が少なく、電車は座って帰れた。。。。
自宅の駅に降り立つと住宅街の雰囲気が違う。いつもはもっと遅く寝静まった街を帰ることが多いのだけれど、家々には明かりがつき、みんなが起きている気配がする。マンションの開いた窓からは歓声が聞こえてくる。
興奮して起きている夜の街に帰ってくる。。。
このことが、ほんの一瞬だけど錯覚を招いた。今から向かう『自宅』には『家族』が待っている。そこに待っているのは、その家庭の『世帯主』と『妻』そして子どもたち。自分はその『家庭』に向かっていく。
すぐに錯覚に気づいた。自分がその家庭の世帯主だ。ほかの人間がそこに待っているわけじゃない。
両親と暮らした子どもの自分。一人暮らしをして、同居家族をもたない自分。そして現在の自分。
ワ−ルドカップの街が、いつもと違う自分の役割の記憶を呼び起こしたみたいだ。 錯覚に不思議な感じがして、そしていつのまにか家族を持った自分に不思議な感じがした夜だった。
SEGAジョイポリス ― 2006年06月05日 10:22
土曜日は夜の7時くらいにフラッと デックスお台場のSEGA<ジョイポリス>へ。
お台場にはよく行くのにジョイポリスは一回入っただけ。出来た頃に入場して、混んでいたのでほとんど何も乗らず。
できてからは大分経つので、CG映像はかなり古い感じのものも。でも、巨大テーマパークとは違い、限られた予算で工夫する演出が値段相応に楽しめました。
印象に残ったのは、映画「ザスーラ」をもとにしたウオークスルー型アトラクション。(たぶん)隕石に襲われたり、(たぶん)モンスターに襲われ、地球に生還する。昔見たローテクなウオークスルーアトラクションの極北を思い出した。
20年近く前に「横浜デザイン博」というのがあり、その中で一番記憶に残っている×××コーヒー館。 徹底してチープ。インストラクターに連れられて世界中を冒険する、という設定なのだけど、ほとんど「思い込み」の世界。
例えば、床が斜めになった通路。壁の装飾でかろうじて宇宙船という設定がわかる。インストラクターが「宇宙空間に来てしまいました。無寿力状態です。足下に気をつけてくださいね!」などといいながら「フラフラ」歩いていく。お客さんたちは、楽しむというよりは苦笑しつつも、それでも律儀に「フラフラと」ついていく。
こんな感じで氷の世界やジャングルを訪れる。セットが豪華であれば「あり」なんだろうけど、ほとんど壁に絵を描いたようなもの。
そのときは一緒に行ったメンバーと絶句したけど、いまだに覚えている数少ないパビリオン。
ザスーラは、、、同行者は(子供たち)じゅうぶんに喜んでいたみたい。大人は笑いを堪えきれなかった。いろいろな意味で。
朝ご飯 ― 2006年04月26日 10:05
ここ数日、雑用がたまっている。
このブログにHUBの概念に関連して、ユーザーの<エンティティ>の話を書こうと思ってた。ユーザーの実在性、ね。
あるいは90年代半ばに『WAX』(邦題『WAX 蜜蜂テレビの発見』1991年アメリカ)っていう映画を撮ったDavid Blairっていう人との対談の話を書こうかと思った。彼は当時、東大に招かれて<VRML>(Virtual Reality Modeling Language)を使った実験的な作品を作っていた。VRMLってのはConnectable Realityにも応用されている仮想空間記述言語。
http://www.web3d.org/ (今はXML化してWeb3Dになっている)
http://www.connectablereality.com
対談したこちらは、幻のゲームプラットフォーム<3DO>で『電脳漂流』(1995年博報堂)という「仮想空間をフライスルーして読む」ネットサブカルチャーマガジンをディレクションした直後。仮想空間の<ダイビング・メディア>というコンセプトを提案して、それが採用されたのが『電脳漂流』だった。
このあたりのことは記憶をたどったり、資料を調べ直さないと正しく書けなそう。今日は予告編にして、ちゃんと書くのは後日にします。未来のことと同時に、過去のことも忘れないうちにまとめておきたい。
で、今日のブログは今朝の食事。 目黒駅ビル「アトレ」の1階の「神戸屋キッチン」でパンとコーヒーの朝食。中国のカスタードパイをプリンっぽくしたようなもの。それとカマンベールとチーズのパン。コーヒーは専門店に比べると値段の割りに<まあまあ>だけど、駅ビルにしては広々していて気持ちがいい。